岩沼市、司法書士として
名取市の隣町に、同じ仙台都市圏の岩沼市があります。人口4万4千人ほど。日本三大稲荷の一つ竹駒神社や商売繁盛・金運円満の金蛇水神社が有名です。岩沼市も名取市、秋保町などと同様陸奥国名取郡に属していました。
その岩沼市も東日本大震災で、大きな被害を受けましたが、他市町村より岩沼市はいち早く対応したことで知られています。岩沼市の司法書士の方々も迅速に対応したと聞いております。
ところで、ここにも、「中将藤原朝臣実方の墓」と同様松尾芭蕉の足跡があります。
岩沼市二木に二木の松(武隈の松)という名松があり、芭蕉一行は元禄2年5月4日(1689年)、岩沼を目指して白石宿を出発し、竹駒神社を参拝後、武隈の松に立ち寄ったようです。
当時の松は5代目、現在は7代目です。この松は以前からよく見ていたので、当時から生きている同じ松だと思っていましたが。
「桜より 松は二木を 三月越し」 と句を詠みました。江戸より3か月もかけて旅して、やっと見れたとの感慨を詠んだもの。
「実方集」で中将藤原朝臣実方は
「みちのくに ほど遠ければたけくまの 松まつ程ぞ久しかりける」と詠んでいます。
芭蕉は次に名取の「中将藤原朝臣実方の墓」を目指しましたが、あまりの雨による悪路故結局目的は果たせませんでした。芭蕉は痔が悪かったとの説がありますから、その強烈な痛みをおして、本当によくこんな辺境まできたものだと感心します。「中将藤原朝臣実方の墓」にたどりつけなかったのもやむを得ないところでしょう。