増田神社 どんと祭
司法書士事務所より歩いて5分程度の距離。名取駅前にあります。
102代後花園天皇の文安年間(1444年~1448年)に南朝の忠臣菊池武光の一族である菊池豊後が奥州に下向し居を定めた時、豊後は大和国の生まれから同国城上郡笠山の社より分霊して手倉田に祀った。その後永正年間に菊池左馬介が現在の地に奉還した。天正18年(1590年)「大崎・葛西の百姓一揆」の時伊達政宗と蒲生氏郷が秀吉より一揆鎮定を命じられた。その時徳川家康が援軍として奥州に入り、政宗と協力して一揆を鎮定した。翌年家康と蒲生氏郷が戦勝を祈願したと伝えられる。文禄元年(1592年)秀吉の朝鮮出兵命令で政宗が兵3千を従えて武運長久を祈願している。宮城県神社庁ホームページより。
「どんと祭」とは、神社の境内などで正月飾りやお守り等を焼き、その御神火にあたることで一年の無病息災・家内安全を祈願する祭です。だそうです。
宮城県を中心に呼ばれる祭りの呼称である。他地域で左義長やドント焼きなどと呼ばれる祭りに類似する。ウイキペディアより。
全国どこでも同じように実施していると思っていました。風習ですか。